大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和30年(行)119号 判決

原告 柳沢叔太郎

右代理人弁護士 柳沢寛二

被告 東京都知事 安井誠一郎

右指定代理人東京都事務吏員 三谷清

同 島田信次

被告 小林恒三

右代理人弁護士 三浦光夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件土地がもと原告の所有土地であつたこと、田原うめが原告との使用貸借契約に基きこれを耕作していたこと、被告東京都知事が昭和二十四年二月五日本件土地が自創法第三条に該当するものとして買収し、これを同法第十六条に基き被告小林に売り渡したことはいずれも当事者間に争がない。

二、原告は、本件土地は買収処分当時、近く使用目的を変更することを相当とする土地であつたから、これに対する買収処分は無効であると主張するので、まずこの点について判断する。

(一)  成立に争のない甲第一、二号証、同第五ないし第七号証、同第十三、十七号証、乙第一号証、証人田原秀一、同吉野軍治、同後藤豊治の各証言を総合すれば、本件土地は前記買収処分に際してなされた一筆調査の当時、合計約七町歩の一団地をなした耕作地帯のほぼ中央に位していたが、本件土地の東側には本件土地に接して合計二百十八坪が宅地(七百十七番の二十九、三十、三十四の三筆の土地)となつており、北側は本件土地に接して竹薮(七百二十九番の一、二の二筆の土地であつて、成立に争のない甲第二号証によれば、同番の一は昭和二十三年一月二十一日に宅地に地目変更されている。)が存在し、また本件土地の東方および東北方(七百十七番の三、十四、十六、三十および七百十六番のロ号の各土地上)には合計四軒、東南方(七百十七番の二十二、二十五、二十七の各土地上)に合計三軒、南西方(七百二十八番の十九の土地上)に一軒、西北方(七百二十八番の十一ないし十三の各土地上)に合計三軒の各民家が点在しまた本件土地の北方には東西にややななめに幅約二間半の市道第七九号線が走り、本件土地の西側に接して南北に幅一間の、また東隣の土地一筆を隔てて南北にほぼ同じ幅の各小道が通じ、なお地上建物が焼失したまま放置されていた土地など耕作していない土地(七百二十八番の二十二、二十八の二筆の土地合計百四十七坪余)が存在していたことを認めることができるから、本件土地附近一帯は純然たる耕作地帯であつたということはできない。しかし、本件土地の近傍に存在していた建物としては前記のものだけであつたし、検証の結果によれば、国有鉄道武蔵境駅まで徒歩約十分を要することは明らかである。

(二)  以上の事実を総合すると、本件土地の近傍が次第に発展し、市街地化する可能性がないとはいえないが、本件買収処分当時において、近い将来にそうなると断定することはできなかつたものと解するのを相当とする。右認定を覆えすに足りる証拠は存在しない。

(三)  なお、検証の結果によれば、本件土地の西側に接して南北に通じている道路に沿い、その西側に南北(七百二十八番の二十三、二十二、十八、二十七および二十八の各土地上)に亘つて合計五軒、本件土地の東隣の土地(七百十七番の二十九)に一軒および東北方(七百十七番の三十一および七百二十五番の一の各土地上)に合計二軒、総計八軒の民家が本件土地が買収された後建築されていることおよびいずれも成立に争のない甲第八号証、同第十九ないし第二十三号証によれば、本件買収処分がなされた後現在まで七百十七番の十二、十五、二十八、三十三、三十五および四十三の六筆の土地合計二百五十六坪が登記簿上宅地に地目変更されている(もつともそのほかにいずれも成立に争のない甲第四、十、十二、十五、十六、十八および二十四号証によれば、本件買収処分がなされた以後そのように地目変更された土地が合計七筆(甲第十八号証中、一、表題部参番登記事項とある部分には七百十七番拾九と表示されているが、証人田原秀一の証言および検証調書添付第二見取図とを総合してみれば右表示は七百十七番の二十九の誤記であることが明らかである。)あるが、そのうち七百十七番の十六、二十五、七百二十八番の十三、十九の各土地合計四百四十四坪については本件買収処分当時既に同土地上に民家が建つていたし、他の七百十七番の二十九、三十一および七百二十八番の十八の各土地合計二百九十九坪については本件検証がなされた当時右各土地上に民家が建つていたこと前記認定のとおりである。)ことを認めることができるが、右家屋の増加については、本件買収処分がなされた時から本件検証がなされた時までの八年半余りの間に増加した数は前記認定の八軒にすぎないし、しかも証人吉野軍治の証言によれば、右家屋の大部分はここ四、五年の間に建てられたものであることが認められる。また、右地目変更の点については、本件買収処分がなされた後においてそのもつとも以前に変更されたもので昭和二十六年五月八日であり、最近のものでは昭和三十一年五月八日になされているものであること前顕証拠により明らかであるのみならず、終戦後東京都区内の人口が予想外に増加し、かつ都区内の土地の価格が昂騰するに及んでここ数年来東京都の近郊は急激な発展をきたし、国有鉄道中央線沿線もまたその例であることは公知の事実であることなどの事情をも併せ考えれば、前記民家の増加、土地の地目変更の事実は本件買収処分当時、本件土地が近く使用目的を変更することを相当とする事情にあつたと認むべき資料とはなし難い。

(四)  また原告は、本件土地が昭和十六年内務省告示第七号武蔵野都市計画の地域指定住居地域内にある旨主張する。そのような指定住居地域内にあることは被告東京都知事においても認めるところであるが、右住居地域指定が旧市街地建物法の規定に基くものであることは原告においてもこれを争わないところ、同法に基く住居地域の指定は同指定地域内では特定の建築物の建築を禁止または制限するにすぎないと解すべきであるから、本件土地が右指定による住居地域内にあることの故に直ちに使用目的を変更することを相当とする土地であるとはいえない。

(五)  また、原告は本件土地につき被告東京都知事に対し使用目的変更許可申請をしている旨および本件土地が平坦な畑地で直ちに宅地に転用することができる旨主張するがそのような事実から当然に本件土地が使用目的を変更するのを相当とする土地であると認定せねばならぬ理由はない。

(六)  しかしてまた、原告は本件土地の北隣である七百二十九番の二は買収除外地であると主張するが、前記認定のとおり本件買収処分当時右土地は薮地であつて耕作の目的に供されていなかつたから、自創法にいう農地ではないので、右土地を買収しなかつたことの故に本件土地が本件買収処分当時使用目的を変更することを相当とする土地であつたということはできない。

(七)  以上の次第で、本件土地については本件買収処分当時近く使用目的を変更することを相当とする客観的事情は存在しなかつたものと認めるほかはない。

したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。

三、次に原告は、本件土地の買収対価は時価の百分の二以下であるから、憲法第二十九条に規定する正当な補償をしないで財産権を侵害した憲法違反の買収処分であると主張するので判断する。

(一)  政府が自創法第三条によつて農地を買収する場合は、同法第一条に定める目的を達するために行うのであり、所有者に対し憲法第二十九条第三項に定める正当な補償をしなければならないことはもちろんである。

(二)  しからば、仮りに本件買収対価が、原告主張のように、正当な補償とはいえないとするならば、それが本件買収処分の無効を招来するかどうかについて、考えてみる。

(三)  自創法第十四条は同法第三条の規定による農地買収の対価の額に不服があれば、その増額を裁判所に訴求することができる旨規定している。

もし、自創法第六条第三項に定める買収対価は憲法第二十九条第三項にいう正当な補償であると解する限り同法第十四条にいう増額の請求とは同法第六条第三項に定める最高買収対価内での増額請求を許すだけで、それ以上の請求は認めないことになるけれども、右の前提に立つ限り、買収対価の高低によつて買収処分の効力が左右されることはあり得ないから、本件買収対価が、原告主張のように本件土地の時価よりも低いことは買収処分の無効原因とはなり得ない。

またもし、自創法第六条第三項の規定する買収対価が、憲法第二十九条第三項にいう正当な補償ではないとしても、農地改革の目的および自創法第十四条の規定とを併せ考えるときは、同法による買収についてその買収対価については増額の訴のみを許し、買収による所有権移転については価額に関する理由をもつてしてはこれを争うことを許さないものと解することができ、このような場合には買収による所有権の移転と買収対価の確定とはこれを分けて考えることができるというべきである。それであるから、買収対価が時価よりも安いことの理由により、本件買収処分が無効となることはないといわざるを得ない。

よつて、この点に関する原告の主張もまた採用するに由ない。

四、以上のとおり、本件買収処分が無効であるとの原告の主張はいずれも理由がないから、これを前提として被告東京都知事が被告小林に対してなした本件土地の売渡処分が無効であるとの主張もまた理由がないというべく、原告が被告東京都知事に対し本件買収処分の無効確認および被告小林に対し原告主張のような所有権取得登記の抹消登記手続を求める本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 近藤完爾 裁判官 入山実 秋吉稔弘)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例